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尾形乾山造銹絵色絵菊図長向付(1)(茶器仕立)   江戸時代中期  古牙蓋付   

価格 60万円(税別)

口径5.1㎝ 胴径6.8㎝ 高台径5.8㎝ 高さ12.0㎝ 重さ226g。乾山は江戸中期の陶工・絵師で陶芸は野々村仁清に色絵陶器の感化を受けて絵付文様に特色を出し高雅な作品を残していますが、基本的に作品に印章などは用いず「乾山」銘を記すことにこだわったと言われています。元禄12年(1699)37歳のとき京都市の鳴滝に開窯しましたが、この頃の作品は樂焼き風の陶器が中心で、琳派の画風を意匠化した雅味のある絵付けが特色でした。正徳2年(1712)に京市内の二条丁子屋町に移住してからは、初代仁清の孫の猪八を後継者として養子に迎え、借窯という形で京焼の生産体制に参入、並行して猪八工房を運営し、次第にブランドとしての「乾山焼」の人気を高め名声を確立した時期でもありました。多くの需要に応じるため工房方式で量産したために器種も食膳器が多くなり、「乾山焼」として精力的に懐石の器などを量産し、成形.施釉.焼成は他の専門的な陶工に任せ、絵付も複数の専門画家が携わっていたようで作風も多彩になり、色絵もカラフルで明るいものが増え洛中の人気を集めましたが、本品はその頃の作品ではないかと思います。鉄分を多く含む素地に透明釉を掛け、銹釉・白・緑・赤・黄・青・黒で菊花と葉を大胆に描き、口縁部上と胴下部から低い高台部にかけて銹釉を塗り、高台内部に白化粧を掛け.白化粧の形に上手に合わせ銹釉で大きく独特の字体で「乾山」銘を書き込んでいます。本来は懐石の長向付として作られたのでしょうが、後世茶人が牙蓋を誂えて茶器に仕立てたのでしょう。牙蓋裏側の金箔の色褪せ.牙蓋の時代色を見ても江戸時代は優にありそうです。古箱入り.牙蓋誂え袋入り.箱紐は切れかかっています。乾山は享保16年(1731)69歳の時、輪王寺宮公寛法親王(東山天皇第三皇子)が江戸に下向する際に、法親王の孤独な趣味生活のお相手として同行して江戸に移り、寛永寺領入谷に窯を開き,元文2年(1737)には下野(栃木県)佐野に招かれて作陶し、寛保3年(1743)81歳で江戸で歿しています。京都の二代目乾山猪八は乾山の名跡を継いで聖護院で乾山焼の業を続けましたが、猪八の後の窯の消息は不明で京都での乾山の系譜は途絶えてしまいました。茶11-100 

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